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「小さな命」

MUSIC
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こんばんは。

今日は、

「小さな命」という曲について

お話ししたいと思います。

少し重たい内容になるかもしれません。

でも、この話を残したいと思いました。

同じ経験をされた方が、

一人ではないということ。

そして、

大切な命を失った悲しみは、

決して忘れなくていいということ。

そんな思いを込めて、

お話しします。

⸻

私は出産を目前にして、

お腹の赤ちゃんを亡くしました。

男の子でした。

名前も決まっていて、

家族みんなが生まれてくる日を

楽しみにしていました。

その子は、

六年間の不妊治療の末に授かった、

大切な命でした。

妊娠は順調で、

毎日元気にお腹を蹴ってくれて、

「早く会いたいね」と

そんな穏やかな毎日でした。

いつもの妊婦健診で先生から

「赤ちゃんの心拍が確認できません」

と言われた時、

何が起きているのか…

理解できませんでした。

頭の中が真っ白になりました。

⸻

数日後、

私は亡くなった我が子を出産しました。

助産師さんが、

「お母さん、男の子ですよ。」

そう声をかけてくださいました。

泣き声は聞こえません…

でも、

その子は本当に可愛くて、

長男によく似た、

とても立派な赤ちゃんでした。

やっと会えたし、

ちゃんと抱っこできたから

その瞬間だけは、

不思議と安心したことを

今でも覚えています。

⸻

先生は、

「お母さんのせいではありません。」

と何度も伝えてくださいました。

助産師さんや看護師さんも、

本当に優しく

寄り添ってくださいました。

退院の日。

赤ちゃんを腕に抱いて

病棟を出ると、先生方や助産師さん、

看護師さんが並んで

見送ってくださいました。

エレベーターの扉が閉まるまで、

ずっと頭を下げてくださっていました。

その景色は、

今でも忘れることができません。

あの子が確かに生きていた証を、

みなさんが一緒に残して

くださったような気がしました。

⸻

家へ帰ると、

長男は初めて弟を抱っこしました。

小さな哺乳瓶をそっと置いて、

お菓子を供えてあげたり…。

その姿を見て、

家族みんなが救われました。

そして夜になると、

夫は一人で赤ちゃんのそばに座り、

静かに涙を流していました。

あの夜の静けさは、

今でも忘れられません。

⸻

翌日、

家族で火葬場へ向かいました。

小さなお骨を拾いながら、

初めて、

「ちゃんと見送れた。」

そう思うことができました。

悲しいけれど、大切な時間でした。

⸻

でも、

本当につらかったのは、

その後でした。

赤ちゃんはいないのに、

私の体は母親のままでした。

母乳が出る…

抱っこする子はいない。

飲ませる子もいない。

その現実が、本当に苦しかった。

何年経っても忘れられない時間です。

⸻

それでも時間は少しずつ流れました。

私は今でも誕生日になると、

その子に話しかけます。

「もし生きていたら、何年生だったかな。」

「元気にしているかな。」

忘れたことは、一度もありません。

そして、

忘れなくてもいいと思っています。

⸻

その後、

私たちはもう一度、

不妊治療に向き合いました。

授かったのは双子でした。

もちろん、亡くなったあの子の

代わりではありません。

代わりになれる命なんてありません。

でも、

あの子が教えてくれたからこそ、

命は奇跡なんだということを、

私は心から感じられるようになりました。

⸻

この曲で伝えたかったことがあります。

小さな命は、短い時間でも

確かに生きていました。

家族みんなに愛されていました。

支えてくださった先生方や

助産師さん、看護師さん、

火葬場の職員の皆さん…。

たくさんの優しさに包まれて、

私たちはあの子を

見送ることができました。

本当に感謝しています。

そして、今この話を

聞いてくださっている方の中にも、

同じ経験をされた方がいるかもしれません。

どうか、自分を責めないでください。

悲しみは、消さなくていい。

忘れなくてもいい。

その子は、

今もあなたの大切な家族です。

少しずつでいい。

ゆっくりでいい。

前を向ける日が、きっと来ます。

⸻

この曲は、

悲しい別れの歌ではありません。

私たち家族のもとへ

生まれてきてくれた、

小さな命への感謝の歌です。

どうか

聴いてくださると嬉しいです。